たんぺん | ナノ


雨の日の確信犯




私は女子高生である。初等部から中等部までを関西の女子校で過ごし、そのまま高等部に上がったのだが、2年の春に外部受験して宮城に来た。本来なら市内の高等部で純水培養女子校育ちになる予定だったのだが、父親の転勤では仕方がなかった。最後の1年、地方だから、申し訳ないけど共学で、レベルも下げないといけない。本当にごめんな、そういって謝る両親に嫌だとは言えなかったのだ。まして、ここが父親の故郷だと聞けば批判はできなかった。
女子校というのは、同世代の男子と関わる機会がない。おじいちゃん先生がこの世で最もかわいく素敵な異性であり、唯一外部との交流が行われる学祭ではガーディアンという名で父親集団が目を光らせる。そういう環境で生きているのだ。これまで彼氏なんてできたことはなかった。むしろ男の子とちゃんと話した事などあっただろうか。

誰かが、女子高生はそれだけでブランドだと、そう言っていたが、アピールする対象がいなければ女子高生というネームもブランドになりはしない。ネームバリュー0である。せめて、純水培養の女子校育ちだったら言い訳もできたのに。私は、高校3年生にもなって、まともに男の子の顔見て話せない。意識しすぎてもはや挙動不審であった。


「うわ、雨やん」

テスト前はどこの学校も部活も委員会も休みになる。この常識はどこの学校も同じであるらしい。バス通学の私は、学校終わりにすぐ乗ったらたぶん一杯だよなと予想して、一時間後のバスで帰ることにしたのだが、それがまずかったようだ。ザーザー雨が降っている。傘も持ってない。傘立てを見て回って、ビニール傘を見つけた。授業終了から一時間ちょっと経っている。持ち主帰っとるよな…ええよな…そう思いながら手を伸ばした。



「いやいや、だめやろ、泥棒やろ、」

はたと思う。もしかしたら私のように、敢えて下校時間をずらした人の物かもしれない。そしたら困る。悪い。泥棒はよろしくない。
なんとなしに、そっと玄関を見つめる。外は酷い雨である。叩きつける雨が、跳ね返って玄関を濡らす位。これは使わして貰うしかない。仕方ない。許してくれるきっと神様も。それに、


「置いとくんが悪い」

外の様子を見てすぐさま心変わりした私は、そう呟いて、そっとビニール傘に手を伸ばした。持ち手を掴んで傘立てから抜こうとした瞬間、

「ちょーっと待って」
「ぎやあああああああっっっっ!!」


私の手をゴツゴツした手が覆うように掴んで、耳の後ろから声をかけられたのである。悲鳴をあげて手をぶんぶん降って、これまでにない位慌てて下駄箱まで走った後、さっき私がいた所を見ると、まあ随分と身長の高い同世代の男の子がいてテンパった。

「ああああのすんませんええかなって思って傘持ってなかったし雨降っとるけん困っとってほんと」


もしかしてあの色気のないビニール傘の持ち主かもしれない。ちょっとまてやコラァねーちゃん何してくれとんねん濡れて帰るだけで済むと思うなよコラァ。 男の子の沈黙がそう聞こえて声が出なくなった。ひたすら男の子を見つめてあわあわするしかない。振り払われた形のまま固まっている男の子は、すっと体勢を元に戻してニンマリ笑った。


「これ、君の傘じゃないんだぁ」


確認するように発せられた言葉を聞いた瞬間、しまったああ!と思った。せめて私の傘に何か用でもあるんかい姿勢で返せばよかったものを!私のアホ!テンパるにも賢くテンパれや、そう思ったときには遅かった。


「俺傘持ってないんだよね、途中まで一緒に入っていい?」







隣を歩く男の子を見ず、ひたすら相槌を打つだけ打って歩く。傘は「こういうのは男の子が持つもんだよね」の一言で、彼がさして私に傾けてくれている。「方向どっち?」「ば、バス停です」。これ以外はひたすら男の子が話す内容を聞くだけ。よく話すな。大阪の人間か?いやいや、私も関西出身やけど目立ちたがりではない。偏見は良くない良くない。まるで頭に入ってこない会話に、男の子と二人きりの傘の中。なんか良い匂いがして泣きそうになる。早くバス停こいバス停こい!そう念じて歩いて、バス停についた。


「あ、あと3分後に来るみたいだよー間に合って良かったね」


たぶん笑っている男の子にひたすら頷いて、「ありがとうございました」とお礼を言う。「どういたしまして」と返した男の子は、「それじゃあまた明日、名字ちゃん」そう言って笑顔で帰っていった。

青葉城西高等学校前 青葉城西高等学校前


バスが来て、ドアがあく。さっと乗り込んで、カードをタッチしたあと気づく。あれ?私、傘持ってないと。あの男の子、どさくさ紛れに持って行きやがったのだ。バス、降りたらどうしよう、それだけで頭が一杯だった私が、濡れてお風呂に入っているときに、あれ?なんで名字知ってたんだろうと気づくのはまた後の話。



雨の日の確信犯



「おはよう、名字ちゃん。雨大丈夫だった?」
「あああ!傘の人!クラス同じやったんや!」
「え、なにそれすげー傷つく」
「すみません」
「俺、及川徹。同じクラス。よろしく」
「私、名字なまえです」
「知ってる」
「すみませんでした」